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関東七名城・宇都宮城の紹介
Introduction
宇都宮城のはじまり
関東七名城・宇都宮城
宇都宮炎上・戊辰に燃ゆ
宇都宮城の復元活動について
市民の会について

「よみがえれ!宇都宮城」市民の会 写真&資料館
関東七名城とうたわれた宇都宮城
宇都宮城の模型
宇都宮城は、関東七名城のひとつとして数えられ、戦国の世を生き抜いた難攻不落の城です。

[関東七名城]
宇都宮城(宇都宮市)、忍城(埼玉県行田市)、金山城(群馬県太田市)、川越城(埼玉県川越市)、唐沢山城(佐野市・田沼町)、多気城(茨城県つくば市)、前橋城(群馬県前橋市)

※多気城を除いて佐竹城(茨城県常陸太田市)を加える説もある。


日光社参の宿城だった宇都宮城

宇都宮氏は豊臣秀吉によって滅ぼされ、江戸時代には譜代大名が次々と入れ替わり城主をつとめました。なかでも、江戸時代初期の本多正純は、城と城下町の大改修を行い、今日の宇都宮市街地の骨格を作り上げたといわれています。

宇都宮城は、歴代の将軍が徳川家康の祀られている日光東照宮にお参りする途中の宿泊場所となり、そのため、宇都宮城本丸には将軍のための「御成御殿」が建てられました。

宇都宮城と「釣天井事件」

「釣天井事件」とは、宇都宮城主・本多正純が、日光社参のために宇都宮を訪れた2代目将軍秀忠公を、からくり仕掛けの天井で暗殺しようと企てた事件のことです。しかし事実ではありません。

「釣天井事件」は、家康の死後、幕府内の権力闘争によって古い権力層が追い落とされていくなど、当時の社会状況を反映しつつ、読物や講談の題材になって、世間に広まった伝説です。
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