宇都宮城の歴史「日光社参と宇都宮城(1)」〜日光社参とは〜

江戸幕府の将軍が、徳川家康の墓所がある日光東照宮へお参りに行くことを「日光社参(しゃさん)」といいます。

これは単なるお墓参りと違い、将軍が大勢の大名・旗本を引連れた行列を組んで大々的に実施し、将軍と幕府の権威を人々に示す重要な行事だったのです。

例えば、1728年の8代将軍吉宗の社参では、行列の人数が13万3千人に達しました。

日光社参は江戸時代を通じて19回実施されました。江戸時代の前 半ほど多く、後半にはあまり実施されていません。財政状況の悪化などで頻繁な実施は難しくなったようです。

江戸城を出た将軍の行列は、岩槻(埼玉県)、古河(茨城県)と宿泊 して、3日目は宇都宮城に宿泊。宇都宮城と城下町は大変な混雑とな りました。

将軍が江戸の外に出て宿泊することは極めてまれなことで、宇都宮城は全国的にも珍しい将軍の宿城としての役割を持っていたのです。

(「広報うつのみや」より抜粋)
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